風景と道直し |三俣山荘の道直しと植生保全

あまりにも地道に道直しを行っていた山荘が、「道直し」というものを「作業」としてだけではなく「活動」としはじめて4シーズンが経った。それまでの課題と言えば月並みな「人とお金の不足」であった。この北アルプス最奥のエリアでそのことは必然的だったかも知れない。けれど今、それは三俣山荘における課題ではなくなった。ここでは、この数年で何を考えてきたのかを振り返りつつ、一方でどこでも聞けるようなことはあえて省いて、これからどこへ向かって行こうとしているのかをなるべくわかりやすく記しておきたい。
消費されてきた山
草原を分断している登山道。その周辺の高山植物が少しずつ、しかし着実に失われていくのを目にするとき「山が好きな人たちによって北アルプスの風景が消費されてきた」ことは、もはや紛れもない事実だった。大きな自然のなかで一人の人間が与えるインパクトは決して大きくはないはずだ。
けれど、登山道周辺からこの風景の荒廃が進んでいる以上、私たちが与えた「集団的インパクト」というものは無視できないのだった。まずこれを認めることから、その先を考えはじめるほかない。
想像と観察
荒廃といっても様々だから少し整理が必要だ。たとえば木道が荒廃しているとする。おそらく経年劣化などの要因が考えられるだろう。けれどもさらに考えてみると、たとえばそこが湿原や潤った森ならば腐朽が進行しやすい条件があったのかも知れない。一方で高山帯でのことだったなら、木道に巣食う微生物が繁殖しにくく、よほど長年にわたり木道が交換されずに今に至ったのかも知れない。あるいはこちらにはU字にえぐれてしまった土の道があったとしよう。元々は草原だった場所に登山者が歩くことで小さな道が生まれる。植物がはげて土が露出し、そこへ雨が流れる。水で緩んだ場所をまた誰かが歩けば土はぬかるみ水と一緒に流失する。そのようなことを繰り返すなかで、道は山のなかで深い傷のようになってしまう。
これらは何も、人間によるインパクトだけが原因ではないし、自然の力だけでこうなったわけでもない。私たちは「道直し」をするとき、まずそのような因果関係を「想像」「観察」してみる。雨がふったら水はどこを流れるのだろう?この植物はどうして枯れてしまったのか?人はどこを、どんなふうに歩いたのか?人間が入る前、この場所はどのような風景だっただろうか-?実際に荒廃した場所にはそれぞれに理由がある。それをどれだけ見つけられるか、想像できるかによって、道直しもまた変わってくる。
変化
ここ数年で三俣山荘の道直しは変化している。勿論それまでもずっと地道な作業はしてきたけれど、まるで全く別の活動になったように-。では何が変わったのか?それをまとめておきたい。
ボランティアの受け入れ
2022年、コロナ禍を背景として山小屋を支援いただく流れのなかで、道直しを手伝いたいという登山サークルが現れた。単に一緒に作業をするだけなら、大きな変化にはつながらなかったかも知れないが、これをきっかけとして、私たちのやっている道直しの意味を伝えはじめた。
『風景と道直し』の発行とボランティアプログラム
いざ道直しを伝えるとなったとき、着手したのが『風景と道直し』の制作だった。これまで一緒に作業をやったことがない人たちに、ここでの道直しの背景や視点、作業をする際に考えなければならないことを伝えるには、大切なことをシンプルに明らかにしておく必要があった。そうしてハンドブックのような冊子が生まれ、オリエンテーション+自然観察会+作業+振り返り会がセットになった3泊4日の受け入れプログラムを整えた。まずは型、されど型。複雑な道直しに向かうための第一歩。
風景の価値
『風景と道直し』を制作するプロセスは、私たちにとってはコンセプトワークになった。登山者も山小屋も「風景」を体験価値や商品価値の源泉としていること、「歩くことのインパクト」を認識すること、道が「風景の傷口」になっていること、だから「LOW IMPACT HIKING」を考えること、「山が好きであることと、山を大切にしていることは違う」こと、作業以前に「想像と観察」が大切なことなどが明文化された。とりわけ「風景の価値」をあらためて言葉にしたことは、以降の活動の軸になった。
自然と人をパブリックリレーションする
「風景の価値」を生み出すのは人である。価値は、感じる人がいてはじめて生まれるのだから、自然と人のかかわりから生まれる価値をあらためてPRしようと考えた。PRとはプロモーションではない。パブリックリレーションのことだ。登山者、山小屋、地域や行政、アウトドア業界にとっての価値。何も私たちが生み出す必要はない。すでに多くの人たちが感じてきた価値の、その源泉の在処がわかれば良い。それは風景のなかにあるのだし、リレーションを生み出すことは、価値を感じる側の自然への扉を開くことにもなるだろう。
山荘メンバーと「楽しさ」
これまでも行ってきた地道な作業に関わる人は増えていった。2022年のボランティアは12名だったが、2023年は37名、2024年は78名、2025年は109名。この場所に愛着が生まれて何度も参加する方もいる。しかし道直しは決して楽ではない。なにしろ、北アルプス最奥のエリアだ。現場へ行くにも資材運搬も歩くほかない。ボランティアのみなさんは集合場所の山荘まですでに10時間歩き、やっと山荘に到着したところがゴールではなく、スタートになるが、そのような場所での継続的な活動を可能にしているのは、山荘メンバーに他ならない。
ボランティア作業の準備やリードなどは勿論、受け入れサポート、私たちだけでの作業の日もあるし、お弁当の準備や、作業中手薄になった小屋の運営も必死だ。そして三俣山荘の道直しの特徴とも言える「楽しさ」は、山荘メンバーそれぞれのキャラクターと明るさが生み出している。楽しいだけではつづかないが、楽しくなければつづかない。
然るべき道直し
そうして数年、つづけているメンバーと自然の親しさは深まっているし、できる作業範囲は圧倒的に広がったが、同時に作業は難しくなってきた。やればやるほど見えてくるものが広がって、やるべきではないことや疑問にぶつかる。たとえば素材。これまではヘリコプターで荷上げした物資を中心に使っていたが、今よりもっと生態系や風景のなかに位置付くものを求める結果、安易に色々なものは使えない。
かといって森林限界より上での作業だから倒木や土はいくらもない。ここで、ぎりぎり生きてきたものたちの、そのつながりが失われてしまった場所を直すということは簡単ではないが、より美しい風景へ向かっていきたいし、そのためには「然るべき道直し」を追いつづけるしかない。
アウトドア業界への波及
最近、私たちはアウトドア業界関係者との取り組みに力を入れはじめている。理由はこれまでの登山ブームにある。日本では戦後3回の登山ブームがあった。1回目は1950年代半ば、高度経済成長を背景として登山が大衆化するなかで、山岳会や登山者も増えた。2回目は1994年、NHKで「にっぽん百名山」の放映で広がった「百名山ブーム」だ。3回目は2009年前後からの流れで、ガレージブランドやUL系ギアの台頭、ソロハイク、山ガールなどが注目された。『ランドネ』や『PEAKS』、『HUTTE』などはこの頃に創刊された山岳系メディアだ。その度に、登山スタイルというのも変遷してきている。
このように見た時、実は山小屋というのは一度もブームを牽引したことはない。特にブームを生み出したいわけではないのだが、多くの方とこれからの山岳風景や、その価値を考えていくなら、登山スタイルへの影響力がある人たちと一緒に取り組むのが近道だと思ったのだ。それに、山小屋は限定的な場所に関わっているけれど、ブランドやメディアとの取り組みは、より多く、より遠くへ届くことも可能かも知れない。2025年7月と8月には、アウトドア業界関係者向けの道直しボランティアプログラムも実施したが、メディア掲載による登山者への発信、全国で販売されるトレッキングポールの仕様見直しなどにつながった他、参加者同士のつながりやアイディア交換にもなり、新たな芽が生まれつつある。
「植生保全協力クーポン」
トレッキングポールに付けるキャップのススメはこれまでも行ってきた。山荘には掲示物もある。けれどやはりハイシーズンには高山植物などに多くのトレッキングポールによるダメージを確認してきた。やはりあまり伝わってはいないのだ。そこで2025年、三俣山荘とテント場に宿泊する方全員に、「植生保全協力クーポン」を配布することにした。売店や喫茶での500円の値引き券として使うか、道直しへの寄付とするかは使う人次第。結局250万円相当が寄付として集まったが、一番の目的は、配布するタイミングを通して、皆さんにトレッキングポールのインパクトや植生荒廃の現状を直接お話しすることだった。
他方、SNSでも植生へのインパクトを知っていただく動画を公開した。それでもなおトレッキングポールのインパクトに対して懐疑的な意見もあったが、山荘の周辺にも明らかにトレッキングポールで高山植物が枯れた場所がある。やはり現場を見ないと想像が及ばないのだから、粘り強く伝えていく必要がある。
北アルプストレイルプログラムにおける人材育成
2025年には、これまでの道直しボランティアプログラムをベースとして、環境省などと進める登山道整備人材育成事業が三俣山荘を舞台にスタートした。特に奥地の山域では、登山道整備や道直しに関わることができるステークホルダーが少ないこと、アクセスが容易ではないことなどから、登山道や植生の荒廃に対応が追いついていない箇所が多く、担い手の育成が急がれている。自然に対する深い見識や経験が求められるが、まずはその入口を担えればと思う。
サイトスペシフィックなマネジメント
私たちが、この数年間で大切にしていること。それは「この場所から考えること」であり、「リアリティ」であり、それらをベースとして自然と人をつないでいく「サイトスペシフィック(場所固有)なマネジメント」だ。道直しはイベントではないし、終わりがないから、流行りにすることなく、しかし「着実に力強く」、この場所や、この問題に関わる人をつくりたい。
そしてもう一つポイントだったのは、「問題への向き合い方を変える」ことだった。当初「人とお金の不足」を嘆いていたが、それに必ずしも正面から向き合う必要はない。苦労してここでやってきたことのなかにある自然との関わり、面白さ、見えてくるもの。それらを伝え、楽しくやっていくことで、きっと、人もお金もついてくるはず。とにかくこの場所で、自分たちで考えることを大切に「サイトスペシフィックマネジメント」をつくり、自然と人を有機的に結ぶ「オーガニックオーガナイゼーション」を生み出そうとしている。
切実さとこれから
突飛なことをやる必要はない。一つひとつを丁寧に編んでいけば良い。これからのきっかけは今やっていることのなかに既にある。一方で落とし穴には注意したい。具体的には、三俣山荘の道直しの特徴にもなっている「楽しさ」がそう。確かに楽しくやっているし、道直しは楽しい。けれど、楽しいからやっているのとは少し違う。それは本来、切実なのだ。
あるいはボランティアプログラムも好評いただいており、よりエンタメ化した形を求める声もある。でもその方向へ行くことはない。私たちは確かに参加者の体験を深めるためにその質を高めようとしてきた、けれど、それは風景の美しさを未来につなぐためなのだ。北アルプスにおいて、これまで半世紀にわたり、山を好きな人たちが風景を消費してきたことを思うとき、無邪気に道直しまで消費させることはできない。風景の美しさをつなぐことを目的としている道直しの行く先は、道直しでしかない。
石川吉典
三俣山荘/道直しプログラムディレクター。フリーランスキュレーター。幾つものアートプロジェクトや美術館、作品や展覧会の企画やマネジメントを経て、現在は山に関わり、自然体験や経験を通して生まれる価値についても考えている。山を通して「今」を見つめる本、「山と人 富山」「山と人 テクネー」を執筆・発行。三俣山荘グループでは3つの山小屋の経営・運営をサポートしながら多様な事業展開をプロデュース。

