四方の谷から吹き上げる風は大気を揺るがし、
時に人を寄せつけない
磁鉄鉱を多く含んだ岩肌は、
遠くからもその黒々とした力を放っている
かつてマタギをも驚かせたもののけたちは今、
どこで息を潜めているのだろうか
鉄の仮面を被ったその山容には、
色とりどりの花が咲き乱れている
かつて歩荷たちは高天原からモリブデンを
背負い水晶岳を超えて町を目指した
風を纏う黒い山は高くそびえ立ち、
そしてその真髄にはどこまでも
透きとおる水晶を抱えている
周辺の景色LANDSCAPE
水晶小屋Suisyo goya Mountain Hut
ARCHITECTURE
水晶小屋
建築様式
水晶小屋の位置する場所は、一度天候が悪化すると夏でも低体温症になるほどの風雨となる。
その様なときに登山者が逃げ込んできたときにすぐに着替えたり、休憩できたりするために、土間は広く、また乾燥室が入ってすぐにある。
歴史上二回強風で損壊した経験を持つ水晶小屋。
2007年の新築時には宿泊スペースを出来る限り
確保しつつも、軒を低くし強風に耐えうる
構造とした。
屋根構造はさながら蔵造りのような骨太さだ。
電力をすべて自家発電で賄う山小屋にとって、
発電機の排出するCO₂など
環境問題を意識した場合、
自然の採光は重要な要素だ。天窓を設けつつ、
電気なしでも過ごせる明るさを意識している。
2007年に新築した際に使用した木材は、
日本の伝統工法が「地に生える木を使え」という
教えにのっとり、
ハイ松の近縁種である姫子松を多用した。
乾燥に強く未だ狂う気配がない。
2017年に建てたバイオトイレ増築棟は、
断熱、遮音、オフグリッドに向けたソーラー
システムの充実、貯水タンクの増設と、
山小屋としてある一つの完成型に向けた
工事となった。
水晶小屋は過去に2度台風で飛ばされている。
一度目は1954年、2度目は1960年のことである、いづれも先代伊藤正一が水晶付近での疲労凍死を主とするあまりに多い遭難を防ごうと建築を急いだものであるが、どちらもなぜか完成直前に歴史的な大風に見舞われて全壊してしまったというものだ。
理由を正せば、当時の歩荷頼りのあまりに過酷な物資輸送の事情から、セメントや金物類が十分に確保できず、水晶の過酷な気象条件に見合った建築が出来なかったことが原因だ。
その後仮設のプレハブ小屋でしのいできたわけだが、時がたち2007年新築の折、歴史を顧みたときの緊張感と共に我々が打ち立てたコンセプトはざっと
1.風速50mに耐えうる構造とする。そのため地面に屋根を一体的に引き付ける工法をとる
2.衝撃波に近い風に対して、木造の伝統工法で粘りを出し耐えうる構造とする
3.軒をなるべく出さず風にあおられない工夫をする
4.棟を低くし風のエアーポケットに収める
5.空間を最大限活かし、なるべく多くの収容面積を確保する
6.伝統工法のセオリーに従い、その地に生息する樹種に近い木材を使用する(山岳地の乾燥に耐えうる)
であった。
5の樹種はハイ松の近縁種にあたる姫子松、カラマツ、クロベなどを会津まで探しに行くという大掛かりなことになったが、やはり出来て15年たってもそれほど狂いもないところを見ると、方向性は正しかったのだろう。
完成してみると、無駄のない「必要にしてかつ十分」な蔵のような建物になった。
水晶小屋にしてみれば、最後まで意匠に拘るなどという余裕は一瞬たりともなかった。その地に許された建物を建てただけのことだったのだ。それは山の一部とも言える。
水晶小屋
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